昭和46年02月01日 月次祭
日田の教会の初代教会長でありました、堀尾先生の有名なお言葉の中に、「未完成のまま、永遠に」という言葉がありますね。「未完成のまま、永遠に」私はそれはある書物を見せて頂いておりましたら、こんな事が書いてあった。「青年とは、限りない可能性を秘めた未完成さにこそ魅力がある」と書いてあります。それで私その下にこう書きました。「何時も青年でありたい」こりゃ私の願いを、ちょっと書いてみた。
青年とは、限りない可能性を秘めた未完成にこそ、魅力があるのだと。私は「何時も青年でありたい」と。それは、白髪も増えてまいります、しわも出来てまいりますけれども、心は何時も青年であるというわけ。いわゆる信心は堀尾先生のお言葉を借りると、「未完成のまま永遠に」であります。限りがない信心にいわゆる生き生きとした、若さを持ちたいと。又今日読ませて頂いとったらこういう事が書いてあった。
これはまぁ私もこんな思いを持っておるから、自分が言うといけんから人の言葉をかりておる。こりゃ長崎の長座博雄という先生がおりますが。あの信書の随想の中に、改まって前進という、講題の元に書いておられるのがございます。現在のような事では名教が泣きます。名教の名教たるところを縦にも横にも押し進めて、総氏子の助かりにまで行かねばならないと思う。その担い手は誰か我々ではないか。
可もなく不可もなくずるずるのんべんだらりとか、のんべんだらりと続けておる信心、その信心が、今日ほど重大な必要さを、痛感させる事はないと言う様な、まぁ現在の教団の生き方に対して、まぁ一つのうっ憤と言った様なものでございましょうね。けれども私は、確かに私もそれを感じますけれども、これは私自身の事でもあるとこう思うた。本当に、私共はまぁのんべんだらりとした信心をさせて頂いて、いっこう変わり映えのない信心をしておるような事はないだろうかと。
まぁ先に是は私が今日御結界で読み物をさせて頂いてから、そこに書かせて頂いたもので御座いますが。いかに金光様のご信心が世界の名教だと、ここに言うてあります様に名教だと言うた所で、それこそ今の様な事では名教が泣きます。と言う訳ですねそれも大いに、信奉者の一人一人が自覚しなければならいない事だと思います。それは所謂この青年の、言わば可能性を秘めた未完成さに魅力があるという、そういう魅力を私共が心の中から、喪失してしまっておるのではないかとこう思う。
そこには一つの改まるという姿勢もない。修行をさせて貰うという意気もない。是ではね所謂のんべんだらりとした事になってしもうて、是は教団を指しておられるので御座いましょうけれども、私共は私共合楽教会の上にもそれが言えるのではなかろうかと思います。変わりばいがしない。所謂青年の若さというものをです、言わばフルに発揮出来れる信心をさせて頂く。
今ある青年の方が断食をやっとります。ところがその方が断食を始めたら、我も我もとその人の信心の修行に伴奏のようにして、皆が頑張れよ俺もなら何日間させて貰うぞと言った様な事で、若先生なんかにも、それで伴奏させて貰っているようです。お届けがありましただけでも十名余り、まだお届けなしに伴奏しとる人も何人かあるようです。今日はそれを聞かれて、高橋さんのようなもう、言うならばまぁここで言うならばお爺さんまでが、お爺さんち言うちゃいけないでしょうかね。
それでその若い人達の信心に触れてですね、何か一心発起しなければ居られない様なものを感じて、僕も今日からというてお届けがありました。私はね信心には是が必要だと。生き生きしたそうした修行が出来てまいりますとね、もう本当に有り難いその生き生きとした所からです。生きた信心生きたおかげ。生きた神様をそこに把握する事が出来る。その修行を思い立ったのは野中君ですけれども。
まぁ合楽では修行ぐらいする人はまぁざらですけどね、まぁだいわば学生さんの身でですね、その何をまぁ一心発起したか知らんけど、その一生懸命の思い。それこそ食べても食べても、腹が太うならんと思われるくらいにですね、食べ盛りの若い人が、食を絶つというのですから、何かそこに一心のものがなからなきゃ出来る事じゃありません。しかも一週間も続けようというのでございますから。
もうやっぱ一生懸命のものがなからにゃ出来ん。ところがですね、その一途の一生懸命に、もう神様と交流するのが生まれてきよる。有り難いでしょうが。一心にならなければ駄目です。今朝朝の御祈念に、一生懸命御祈念をさせてもらいよったげなら、ご心眼にですね、大きな船に乗らせて頂いておりますと自分が。そんな徳の船、合楽という船に乗っとるだけでしょう。
そしたら誰かがね、もうそれこそ持ちきらんごと大きな鯛をですね、その野中君に渡しておられるところを頂いた。大きなあんまり大きな鯛を頂いてから、はっと我に返ったとこう言うです。まぁ鯛といやおかげの事ですからですけれども。もうですねいわば神様の心の一部を覗かせよんなさる有り難いですね。そのようにしてです信心が分かりたい、本当の事が分かりたいと精進しておる。
成程青年の魅力はそう言う所にある。そういう元気な心が出る。私共が例えばなら此の方の行は、火や水の行じゃない家業の行と仰るから。矢張り本気で心の行にも取り組ませて頂かなければならない。今日前講を合楽の田中さんが発表しておられました。椛目の時代に御神縁を頂かれて、始めて子供の事でお参りさせて頂いたら、先生これ頂いた御理解。あらほんにそんな事があったなぁと、私今日お話聞きながら思うた。
確かに田中さんが一生懸命手箒で掃わきござる。掃わきござるけどその箒が地に付いていけない。だからいっちょん綺麗にはなりよらん。田中さんはある教会でも長い間信心をしておられたんです、金光様のご信心を。だからそのおかげは受けておられたです。金光様の信心の有り難いことも分かっておられたんですだんだんと。ところがその事を頂かれてです、まだ今にその事が分かりませんと言うておられました、今日お話しておられましたけれどです。
分かっておられる証拠に、その後の信心が生き生きとして来ておるという事です。一生懸命掃わいておるという事は、信心をしておる事でしょう。おかげも受けておる。けれども、一つもきれいにはなりよらん。自分を本当に改めようとか磨こうとかいうところには、焦点が一つも置いちゃなかった。困った時にはお願いに行く。そして、おかげを受けたり受けられなかったりであった。
まぁ参りよりかよかち、言うぐらいな信心じゃったじゃないかとこう思う。そこの辺から、本気な信心が出来させて頂く。ほんならその、地に付いた信心をしなさいという事。その地に付いた信心が、ほんなら朝参りといったような事になって現れて、もう椛目からここへ、参りまいりましてからずっとですから。そういう信心が出来て行きよるうちにです。今日も発表しておられましたようにです、お神様の八足の上に、赤い糸と黒い糸が置いてある、すぶりが。
今日も、朝の御理解を頂いた、その御理解に本気で取り組ませて頂いた日は有り難い。そういう時には赤のマリが段々大きくなって行く。もう今日は本当に、見事に失敗したという時には、黒の方がこうやって、大きくなる。そこで最近では、黒の方が段々大きくならずに、赤の方が段々大きくなって行く事を楽しみに、これが一生続けられる事であろうが、これが大きな、赤い手毬になる事を目指して信心させて頂いておりますと言う様な発表なさっておられる。
信心がいうならば地に付いて来たわけです。私は信心とはねそういうものだ。私はこの本当の事が分かると。今勿論信心は本当の事から本当の事を求め求めして行く事であり、それを追求して行く事が信心なのです。ですからね本当のな事が分かったらね、不平を言うちゃ馬鹿らしい。不足を言うちゃ馬鹿らしい。ぐうたらな生活をしとったら馬鹿らしい。実意丁寧にならねければ馬鹿らしい。腹を立てちゃ馬鹿らしい。本当の事が分かったら、それが出来る。それを一生懸命で出来るんです。
四、五日前の朝の御理解の中にも頂きましたですね。ちょっと、意味は違うけれども。あの、歌舞伎のお芝居の、忠臣蔵の、仮名手本忠臣蔵の六段目のところ。平右衛門と、お軽の出会い。主人勘平さんのために身売りまでしておった。一力茶屋の段。そこに兄の平右衛門が訪ねて来る。どんなに願うても願うても、東の雲を許されない。同士の内に加えてもらう事が出来ない。身分が卑しいからだというだけで、その一生懸命の、いわゆる赤心、赤い心は誰にも負けんほど持っておるけれども。
それを一様に取り扱うて頂けない事が残念。そこで本当の真を見せなければ、本当の腹を見せなければ、いわば敵討ちの連判状に加えてもらう事が出来ない。そこでいわばお軽に頼むわけです。そして自分の肉親の妹を殺してでも、東の共を東下りですね、のお供を頼むわけであります。ところがお軽さんいわくですそんな簡単に兄さん、あなたに命を上げるわけにはいけません兄の立身出世になるかもしれんけれども。
私には大事な親与市兵衛殿もござるし、もっと大事な勘平さんもまだござる事だから、そんなわけにはいけませんとこう言う。そこで平右衛門がそのお軽に本当なことをいう訳なんです。なるほど神の飾りや化粧して、その日その日は送れども、そなたは何も知らないなぁと。知らないとはどういう事か。何か国にに変わった事でも起きたのか。勘平さんに良い人でも出来たのかと詰め寄ります。
そういう浮ついた事じゃないぞと。お前が是から孝行しようという親与市兵衛さんは人手にかかて、あえない最後を遂げられたぞと。そしてお前がこれから一生連れ添おうという勘平は、腹切って死んだぞと伝えましたら、もうそれこそ珠の緒も切れんばかりに驚いて気絶してしまいます。そしてその気絶から覚めた時にです。兄さんもう生きてこの世に望みがなくなった。私の命でよい事ならば、兄さんあなたのよいようにして下さい。命もあげましょうと言う事になった。本当の事が分かったからなんだ。
信心もねここん所は、神の飾りや化粧してと言う所に、この前の御理解の焦点が置いてあったですね。信心のいうなら形とか上辺だけは見事に出来て行きよるけれども、本当な事を分かっておる信者がないから、例えばのんべんだらりの事になってしまうのだと、今日始めに読ませて頂いた様な事なんです。本当の事が分からんからなのだ。本当の事が分かったらね、それこそ命預けますである。
神様任せにならなければおられないのである。本当な事が分かったら、神様の御神意のままに動かなければ馬鹿らしい。いやそうしなければ相済まんという事になってくるのである。ところが、本当な事が理屈では分かるけれども、自分のその心が、もう体全体で、魂がそれを分からせて頂くという事はなかなかの事。ただお話を頂いただけで分かる事ではない。自分の魂が愈々清められた上にも清められていかなければ、分からんという難しさがあるわけなんです。
だから信心とは本心の玉を磨くものであり、日々の改まりが第一だと言われる。改まっていかなければ、磨いていかなければ、本当な事が分からん。だからぐっと堪えて、腹を立てんというだけじゃいかん。けれども矢張りそこからね、今日もある方が二度目のお参りをしてまいりました。大変な苦しい事があるんです。もうそれこそある人のその腹かきの様相というかね、もうその腹を立てられる姿を見てからね、もう腹を立てるという事が、あのようにも凄まじい、浅ましいものかと思うた時に。
先生私はあの姿を見ておったら、もう一生腹は立てんと思いましたと。どうぞ神様にこの思いを神様にお取り次ぎをして下さいと言うて、真剣に願われた。よしほんならその事を願い、その難儀な問題よりもその事を私は、よしその事をお願しましょうというてお取り次ぎさせて頂いた。そして腹を立てないという事がどの様に有り難い事かという事がね、体験させられて来るわけなのですよ。してみるとその難儀な問題を通して、その方は、一生腹を立てんで済む様なおかげを受けたという事にもなる。
昨日は甘木の教会で幹部の研修会がありました。ご本部ご造営の事についての事でございましょう。その事の話合いがありました。ここからも秋永先生それから高橋さんと、久富正義先生が三人でおかげを頂きました。私は帰るのを何時も待ってそのお話を必ず聞くんです。私はもう必ず聞くですそしてお話だけではない、その教会の素晴らしい雰囲気があったら、その雰囲気も身に付けて来て来る習うて来て貰います。
で私は聞きました。そしたらまぁ別にどうちゅうことなかばってんか、はぁ入り口なんか素晴らしかしですね。庭なんか素晴らしかお広前いったらもう、寒かこつ寒かこつてんでもう凍えるごつ寒かです。一番たまがった事は、あっちん親先生が足袋はいてなかとに驚きました。あそこに座る時には足袋履きませんよね、まぁ修行修行と言う所です。ここだけ私は足袋履きます。ほんならここと変わってるから変わった風に見えたんですね、高橋さんのお話です。
あの広いお広前にね、ここん所に小さいストーブが一つ置いてあるだけ。寒いのなんのち言うてから、ほりゃもうやっぱりここへ参りますと、皆が合楽は贅沢だという筈ですね。まぁそう言う様な事まで私は聞きます。より合楽教会がより本当の事があるなら本当な事になっていかなければならんと思うからです。何時も改まっていこうという姿勢があるからそう聞くんです。
そして私はもう昨日大変おかげを頂いた。秋永先生と高橋さんが交互に話される話を聞かせて頂いて、素晴らしいなぁと。高橋さんがこう言われました。先生今日は平田さんのお話を頂きましたが、さすがに平田さんのお話はさすがですと。と言うてその合楽で御理解を頂くようなお話でございましたち言う。どういうお話じゃったですかち言うたら、とにかくもう信心で一番素晴らしいのは、「はい」と言う事だという事を言われたそうです、強調されたそうです。
ここでもそれを申しますよね。もう素直になるという様な事なんかはもう、ここの言わば専売特許のようにして申しますよね。ところがね、その平田さんの言われる「はい」と言うのはもうね、それこそもう命なんですそれが命がけなんです。そういうなれと言う事を初代の甘木の親先生がね平田さんち。あんた達がいう私がいう事を分かる筈はないと。私が今ようやく分かりよるとが、あんた達が分かる筈はなかばってん、私がいう事を聞けと仰ったそうです。
それが今の「はい」という事だった。どうした親先生あんな無理な事を、あぁいう事を思いよった事がですそれをただ、それこそ泣く泣くでもそれを「はい」と言うてきよったら。今になって始めて「はい」という事の偉大さが分かったというお話をなさった。そしていうならば大平田と言われたり、いわば偉大な信心というか、あれだけ大きなおかげを受けられる事になられただろう。
ですからもうその「はい」がね、もう平田さんの信心の命になっておるという事。もう神様に命あげますという事になっておるという事。ですから私共がここ合楽でいう「はいはい」というのは、まだ皆がしみ込んでない訳なんです。そのまんまである。最後にあちらの総代さんの、青井さんという方が、たった一言でしたけれども、素晴らしい事を言わっしゃったと言うて、又聞かせて貰いました。
あちら先日からあの(げんちょう)に紹介されなさった、大変な篤農の方です。大変な農業の上におかげを受けておる。あの写真で見ましたような、素晴らしいおかげを受けておられる。同時に甘木の教会の総代もなさっておられる。その方がねたった最後のところに一口じゃったけれども、言われた事はこういう事であった。夜も夜中もなかごと、用があると教会から電話がかかってまいりますち。
そういう時にですね、どういう事があっても、どういう事をしよっても、私の身で叶う事ならば、と言うたり思うたりして、教会に出ます、とこう言われた。これが教祖の神様が、まぁだ、俗信仰なさっておられる時分に、弟の繁右衛門様が神ががりになられてから、色々と、いうならば無理難題。いうなら、難しい問題を頼まれた。その時に教祖様が言うておられる事はです、自分の身に叶う事ならば、してあげましょうと言うておられます。まだ、一切が神様の御物なんて分かっとんなさらん時でした。
そういう風に言葉、表現しておられますね。自分の身で叶う事ならば、何事なりてもしてあげましょうとこう言われてます。自分の身で叶う事ならば、どのような事でも「はい」と申しましょうという事なんです。私はこの二つを聞かせて頂いてね、もう甘木の素晴らしさは、ここにある。甘木の親先生がこの二人を育てておられたというだけでも素晴らしい事だと私は思いました。
もうそれが青井さんの命になっておる、それが平田さんの命になっておるという事。合楽でも、それはもうそれこそ、口を酸ゆうするように言いよりますけれども。何時々々は、あれですがこうですかと言うても、あぁその日はちょっと私は都合のございますと、例えば言う人ばっかりじゃないか。私の身で叶う事ならば、というような姿勢を持っておる人は一人もいないじゃないか。
そりゃそのはずまだ信心が若いから。まだそれが命になっていないのだしみ込んでいないのだと言えば、それまでですけれども。そういう所をですある場合にはさぁ用もあろうけれども、泣く泣くでもそこんところを、私の身で叶う事ならばという姿勢であり、それこそ私がいう事は皆さんには分かるまいけれども、私が今分かりよるとじゃけん、あんたどんが分かる筈がないと親先生は仰ったそうです。
甘木の先生が。だから分からんなりにただ親先生について行ったとこう言うのです。そして今にして始めて、親先生の言うておられた事が分かった。こういう力もこういうおかげも頂かれる事のためのそれでもあったという事が分かって来た。私はね本当な事が分かるという事はね、場合には、だから泣く泣くでも、そこの修行が必要であるという事が分かりますですね。そうでしょうが。
そうしていわば年期を入れていくうちにです。いわゆるこれが本当の事だと言えれ、又、本当の事をしたら、こういう本当のおかげが頂けようがと、おかげを示して、みんなにも、それこそ、確信を持って人に話して行く事が出来るわけなんだ。だから、本当な事が分かるという事は、頭で分かっていく、五体で分かる、心で分かるという事は、そう一遍に分かるもんじゃないという事。
だから、本当の事が分かったら、もう生きて望みのないお母さんじゃないけれども、それこそ、命を上げましょうという事にまでなってくる。だからほんなら青井さんの場合にしても、平田さんの場合でもです、もう何時でも親教会のためならば、神様の事のためならば何時でも、その姿勢が出来ておられるという事が素晴らしいでしょう。命を上げるという事は、大変難しい言葉ですけれどもね。
全ての事に私に出来る事ならばと言うたり、又は全ての事に「はい」と言えれるという事は、もうこれは命を上げたも同じ事なんです。だからそこから本当のおかげが受けられてくるわけなのです。私は本当に有り難いと思わせてもらう。それは昨日のその会合でも、ご本部であのようにしてご造営が始まった。もうあぁして基礎造りがどんどん始まっておる。ところが皆さんもご承知のようにそれこそ。
今までのあの広場のところですから、後ろの山をちっとばっかり削ってるぐらいじゃけん、もうあそこに、ほんに出来たならば、広場はなかが、あれだけの人間があそこに、どうなるじゃろうかと思うごたる。まちっとなんとか他んとこから、広々としたところに建つりゃよかところに、私共が、素人でも思う。だからいっこうですね、心が動かなかったです、私は実際の話。
今度のあのご本部のご造営の事に限っては。ところがね平田さんも、やっぱそうじゃったち、昨日わざわざ秋永先生平田さんのところに用があって、しゃっちもっち寄れて言われるからあちらへ寄って、まぁ本当に本当にな信心を話したい訳ですね秋永先生に。秋永先生も合楽の話を一生懸命する。はぁもうその通りそれどころじゃないと言うてから、あちらの奥さんも平田さんも聞かれたそうです。でその中でねあんたが言うように、本当にいうならばね今度のご造営には、自分の心は動かんけれどもです。
動かんけれども、本部が金光様がね、あれを承認してなさっておられるのだからと思うたらね、やはり「はい」と言うてついて行く。まぁ行かなければおられないものが出来てきておるという事を言われたと聞きましてね、素晴らしいなぁと私は思いました。実は私もね今度のあの古賀さんが、今月の信心の焦点を書いてくれと、先月申しますから神様に色々お願いさせて貰いよったら、そこにやっぱパンフレットのようなものを頂きますから、こう開いたところに、いわゆる三代金光様ご在世の頃。
あれは昭和三十年でしたかね。に、(ごいこく?)になさった、(ごいこく?)丁度あのお広前、あの会堂が成就致します十年前に、ご造営の(ごいこく?)があっとります。その(ごいこく?)の言葉の中にですね、昭和三十年の四月一日に、(ごいこく?)になっておられます。これを読むと、もっと分かりますけれども、私がこの中から抜粋して、ここだけを書かせて頂いた。
本部広前ご造営の事、愈々取り勧めさせて頂く事になりました。どうぞ宜しくお願いいたしますという、最後の言葉とそれだけは書いた。私はこれを見せて頂いておる途端ですね、私の心の中にね、もう困惑ながらどうぞよろしゅうお願しますと言うたら、これは例えば、その家の格好は私共は好かんとか。こげな場所がいかんとかと言った様な小さい感情は捨てて、本当にお役に立たなきゃなるまいと私は思うたです。
思わせて頂きましたらですね、ついこの頃までは一万五千円ばっかりじゃったつが、十五万になりました。丁度二三日の間に。本当に神様ばかりは本当に生きてござると思いましたですね。ですからいうならばそういう千歳一隅の時期に、例えばそれが出来る出来ん。又秋永先生がいうて、それが又もとのお広前が出来た時に、ご炎上になったですけれども、今度のお広前が又ご炎上になったとてもです。それに打ち込む私達の真心というものは、変わってはならないということ。
もう又燃えるとじゃけん、嫌ち言うごたるとじゃなくて、信心とはそれなのだと、平田さんが力説されたという事です。そういう事は、どうでも良いじゃないかと。親先生が、そう仰るなら「はい」と言うて、いさぎようおかげを頂こうじゃないかと、言われたそうです。私もやはりいわばあんまり時を変わらないくらいに、その気持ちが出来た。出来たから今月の焦点はここに置く以外にはないと思わせて頂いて、あの短冊様のものに、書かせて頂いておりますからね。
金光様がご造営の事をどうぞ宜しくお願致しますと。三十年前にお願になられる。その事が全教の総信奉者によってです、真心の結集があのマンモス会堂といわれる会堂になって現れた。けれどもそれはまだお広前ではない。あれは会堂であるどこまでも。祭場なのである。お広前のいわば御広前のご造営というのは、だから今度始めてお着手になるという事なのでありますから。
三代金光様のは、そのお願のそのお心とかお言葉に対しましてもです。それにお答え申し上げる信心にいうならば、今日私がいう「はい」という心にならせて頂いて、おかげを頂こうという気になりました。皆さんもどうぞここのところを宜しゅうお願い致します。今日私皆さんに本当な事が分かったらね、腹は立てられん、不足は言われん。そこでですねもう本当に、例えばお風呂へ入って有り難うございますという時に。
本当に有り難うございますが出てこん時にはね、可笑しい時ですよ。ですからねお風呂に入る前に、何かご無礼一つなかじゃろうかと、いっちょ思うて見てね。本気にならなければなりません。そこから有り難いものが湧いて来る。私共は御祈念の座に付く時に、折角御祈念してもらうなら、一生懸命で御祈念させて頂く事、これは何時も思います。御祈念しながらあっちみたりこっちみたりしとる人がある。
私が朝御祈念しよる時これから見よる、私誰でんずっとこうやって。そすとずうっと、段々段々こう深い眠りに入っていかれる人もある(笑い)。それこそもう折角ご神前に向かって御祈念をするのだから、一生懸命御祈念をさせて頂くという気持ちでご祈念させて頂くんです。ご飯を頂くでもそうです。一生懸命で頂くという事は、飯鉢まで食べるちゅうことじゃなかですよ。
今日はいっちょもうお五杯も十杯も食べるち言う、そうじゃなかですよ、一生懸命とは。一生懸命で信心で頂こうという事になったら、もう不平も不足も甘いも辛いもないです。そういう稽古をね、私共はさせて頂かなければ。同時に今日私が申します「はい」とか、もし教会の御ご用であるならばね、私の身で叶う事ならばと言うような姿勢をもってね、そういう稽古をして行くうちにです、本当なことが分かってくる。
それこそ平田さんが何十年ぶりに、親先生の言うておられた「はい」という事の本当の意味が分かったと言うておられるように。本当の事が分かっていく。理屈で分かってそしてそういう体験を通して、愈々本当の事が分かって行く所にです、肉眼を置いて心眼が開けて来る世界が、私はあると思うのです。ですから私共は日常の皆さんが自動車に乗られるでも、一生懸命乗らにゃいけんです。
ご飯を頂くでもお風呂に入るでもそうなんです。しかもそれはです生き生きと、青年のような心をもってです。私は今日これは私の実感でした、これは青年の方に対する、その言葉でございましょう。青年はもう本当に限りない可能性を秘めた未完成さにこそ魅力があるというのですから。私の魅力というならばです、私が何時もこりゃもう実感として、何時も青年でありたいと信心だけは。
と願うておるところにです、私は魅力があるのじゃなかろうかとこう思うのです。いよいよ寒修行もね、大体は五日までだったでしょう。ところが7日の日が丁度日曜にあたるそうですから、修行させて頂いた御礼なり又は1日でん欠かさんごとと思うておった人がです、1日欠けたり2日欠けたりしとる人のためにもです。もう二日間の延長させて頂く事になりました。
ですから七日までになりましたから、七日にはまぁ恒例の茶粥会などもございます。それから皆さんの体験発表などもございますから、もう後六日間ですから、せめてね合楽で、もう皆が打って一丸になって、させて頂いておるその修行にです、便乗させて頂けれる、生き生きとした心を持ってね、おかげを頂いていただきたいという風に思うのでございます。
どうぞ。